ドラクエⅡ考察~サマルトリア戦記⑦戦乱勃発

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【宣戦布告】
 サマルトリア地方征服の方針を固めたムーンブルクは本国から増援を送り出した。
 ローラの門から続々現れるムーンブルク軍に圧迫されたサマルトリア先住民はその地で最も堅牢な砦に逃げ込む。後のサマルトリア城である。

 一方ムーンブルク軍の駐留するリリザにはロトの勇者、サマルトリア義勇兵と共に戦った親ロト派とも言える将兵がいた。ロトの勇者の影響を受けた彼らはこの地の統治方針として先住民との融和を目指していた。
 しかし本国からのサマルトリア征服の方針に不満を持つ一部の親ロト派はリリザを出奔しローレシアを頼ることになる。

 ここで大国ムーンブルクは新興国ローレシアに通達を出す。その内容は…
①恭順の証として人質と年貢を差し出す。
②ローレシアに逃げ込んだ反逆者を差し出す。
③サマルトリア征服に兵を出す。

 ①はともかく②③はローレシアにとっては建国の恩人への裏切り行為である。到底飲める要求ではない。勿論ムーンブルクはそれを承知の上で出した要求だろう。親ロト派を逃がしたのもその布石だった。
 そう、ムーンブルクの狙いは最初からローレシアだったのだ。
 
 かくしてローレシアは自国の独立とサマルトリア地方の解放を目的にムーンブルクに宣戦布告をした。

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【サマルトリア解放】
 宣戦布告をしたローレシアの動きは迅速だった。ローレシアからの強行軍でリリザに迫ると、瞬く間にリリザを落としてしまった。
 リリザ内の親ロト派が蜂起した事が大きかった。親ロト派の勢力は予想以上だった。リリザのムーンブルク軍はローラの門に逃げ帰るしかなかった。リリザの親ロト派を加えたローレシア軍はその勢いでサマルトリア砦をも解放し、ムーンブルク軍をローラの門まで押し返すことに成功した。

 その後サマルトリア城とローラの門の間でローレシア軍とムーンブルク軍の戦いが繰り広げられたが、地の利は明らかにローレシア・サマルトリア軍にある。対してムーンブルク軍は大軍の運用・移動に不向きな森林地帯と海底トンネルでは圧倒的に不利である。
 結局ムーンブルク軍はムーンペタまでの後退を余儀なくされた。

【泥沼の戦乱?】
 ローレシアとサマルトリア先住民にとってこの戦いは自由と独立を勝ち取るための戦いである。ムーンブルクにとってサマルトリア地方の土地を得るのは長き悲願でもある。互いに後には引けない戦いに突入してしまった。

 しかしその数十年後にはあるべき形へと落ち着くことになる。
 ムーンブルクとローレシア、そしてサマルトリアはそれぞれ独立しながらもロトの血を分けた兄弟国として存在している。

 この戦乱から兄弟国への変化がどのようにして成されたのかが次回の考察のテーマになる。
 次回サマルトリア戦記編最終回!

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この記事へのコメント

kirey_bee
2011年04月07日 20:11
普通に面白いです!
妄想や想像がどんどん膨らみますね(*^-^)

いったいどんな手で統一していくんだろうか?
次回も楽しみにしていますね

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