FE考察~グルニア王の苦悩・前編

画像 前回の考察のおさらい。グルニアは一時期アカネイア大陸の覇者となった強国である。実力で王座を勝ち取った英雄オードウィンを慕って集まった者たちの国であるため、そのメンタリティを一言で表すなら“実力主義”。それゆえに血統第一のアカネイアに反感があり、また領土的野心が強いとも述べた。
 今回はその強国グルニアが何故あっさり滅びたのかを考察したい。

【グルニアの統治システム】
 グルニアは世襲の王による統治システムを採用している。その根拠はロレンスがクーデターを起こす際にルイの遺児ユベロを祭り上げている事と、そのロレンスに臆病と評されるルイが暗黒戦争という乱世に国王である事、以上二点である。
 アカネイアの血統主義に反感を持つ実力主義の騎士たちの国なのに、そのアカネイアと同様の統治システムを採っているのは意外かもしれない。だがもしもグルニアの王を決める基準に血統以外の要素があったとしたら、王の代替わりの度にグルニアでは内乱が起こることになる。そうなれば騎士たちはその財産や命を削り合い、グルニア全体としては弱体化は免れない。
 グルニアは建国して約100年かけて大陸の覇者になれる程の実力を身に付けた。その要因は世襲の王による安定した統治の下、地力をつけることに専念出来たことにあるのではないか。もちろんグルニア人の元からの勤勉さ、実直さというメンタリティもあるだろう。

【オードウィンの治世】
 オードウィン自身はまさかアカネイアの一将軍に過ぎない自分が一国の王になれるとは考えもしなかっただろう。ドルーア戦争というかつてない国難に際し、目の前の戦いをただ乗り切っていたらいつの間にか英雄になっていたというのが実際のところだろう。彼自身の野心はどれほどあったのかは分からない。しかし、英雄オードウィンの名声は高まり過ぎた。それを脅威に思う者、それに乗っかってオイシイ思いをしたい者、様々な思惑や欲望、夢が作り出す時代の空気には抗し難い。新たな国の王となったオードウィンの胸には野心よりも自分をここまで引き上げてくれた者たちへの恩義や責任の方が大きかったのではないか。
 しかしオードウィンは既に老齢でグルニア王国の基礎を築くには時間が無かった。新王国グルニアをどのように治めるか、そのビジョンや戦略がどの程度あったのかは分からないが、死後の事は常に考えていたはずだ。そのオードウィン王が最も心配したのは後継者争いによる国の弱体化だろう。なので後継者はハッキリと指名し、王位継承のルールも決めた。後は王子に託し、オードウィンはその波乱の人生を終えた。

【英雄にあらざる王】
 初代国王オードウィンの実力と名声は誰もが認めるところであり、カリスマ性もあった。2代目グルニア王もオードウィンの後継者として認められる程の実力はあったに違いない。しかし先代の王は偉大過ぎる。名声やカリスマ性では到底及ばない。そこに英雄の後継者の苦悩があった。
 グルニアの王としての正統性は建国王オードウィンの子孫である、その一点しかない。グルニアの王位継承のルールは絶対的カリスマ・オードウィンが決めた事なので誰も異議を唱える事は出来なかっただろうが、実力と野心のある騎士にとっては『実力は俺の方が上なのに血統だけで王になった奴の下につくのか…』と内心不満だったろう。それを抑える為には二代目グルニア王も実力を示すしかない。ただし平和な時代なのでオードウィンのように英雄になる事は出来ない。鼻息の荒いグルニア騎士たちを黙らせる政治力が二代目には求められた。

【グルニア王の政治】
 グルニアは元々旧ドルーアの勢力圏内にある土地だった。そこにドルーア戦争に勝利したオードウィンらアカネイアの騎士たちが移り住んで、開拓を進めて行った。彼らは開拓した土地がそのまま自分の領地になるということで意欲的に働いた。グルニア人のバイタリティは建国当初から受け継がれたものなのだ。精力的に土地を開拓するグルニア騎士たちによりグルニアは目覚ましい発展をした。
 しかし問題はあった。近隣の騎士同士の開拓した土地の境界線を巡る争いが頻発するようになる
 そこでいちいち実力行使をしていたら互いに損をするので、騎士たちの上位権力であるグルニア王に裁決を求めるようになった。カリスマのオードウィンの裁決であれば誰も文句は言わないだろうが、カリスマではない二代目以降の王はそうはいかない。そこで、土地争いの裁決をするための誰もが納得するようなルールを作ったと思われる。日本史で言う所の鎌倉幕府で御成敗式目を制定した北条泰時のような人物だったと推測される。

 グルニア王の大きな役割のもう一つが宗主国アカネイアとの折衝である。
 グルニア建国の際、アカネイアの援助を受けたらしいが、それ以前にグルニアの王オードウィンからして元々はアカネイアの騎士である。つまりアカネイアとグルニアの間には絶対的な上下関係がある。グルニアの産んだ富をアカネイアが吸い上げるシステムは建国当初から存在していた。絶対的な上下関係はそのまま国力の差とも直結している。万が一怒らせて武力に訴えられたらひとたまりも無い。
 アカネイアの使いに対し、グルニア代表として頭を下げ続けるのもグルニア王の仕事なのである。(グルニアに限らずマケドニアやアリティア、グラも同様)
 当然グルニア騎士たちは不満である。代々のグルニアの王は大国アカネイアからの無理難題と騎士たちからの突き上げの板挟みになって苦しんでいたに違いない。

 そんなこんなでグルニア王国は100年近く代々の国王による安定した政治と勤勉で実直な性格により、内乱も対外戦争もなく確実に国力を高めていった。

【暗黒戦争直前】
 グルニアは何十年にも渡る地道な土地開発により生産性の高い国となった。しかしその分アカネイアの要求する貢物の量も多くなっていった。これはアカネイアから見ればグルニアの物は当然アカネイアの物だという意識があると同時に、グルニアの力を削ぐという狙いもあった。
 グルニア騎士たちの反アカネイア感情はより高まっていく。同時にグルニア王の弱腰外交に対する不満もあった。力をつけたグルニア騎士たちは『今なら肥えて太ったアカネイアなどに負けん!』と思う者も少なくなかった。
 またグルニア騎士たちが力をつけた一方、グルニア王の力は相対的に弱くなっている。グルニア王の統制力は代替わりするにつれて弱まっている。

 そんな状況でグルニアの反アカネイア感情につけ込んだのが、ドルーア帝国であり、ガーネフであり、ミシェイルなのだ。

 グルニアは避けられぬ滅びへの道を踏み出した。


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 4

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い
ナイス ナイス

この記事へのコメント

togege
2011年12月20日 23:03
以前アカネイア王国は天皇家だと言いましたが、グルニアは鎌倉幕府のイメージです。力をつけた守護大名を統制出来ずに滅びた室町幕府のようでもあります。カミュは天才的軍事指揮者でありながら空気を読めず、戦略をぶち壊しにした義経でしょうか…
veiors
2011年12月21日 00:04
ユベロ王子は魔道士なんですな。これは騎士の国グルニアとしてはすごい例外というか異端ですねえ。跡継ぎにさせるつもりなら当然騎士にさせるつもりでしょうし。ユベロの他に騎士として優秀な兄王子がいたのかもしれませんね。
togege
2011年12月21日 08:14

この記事へのトラックバック