ドラクエⅡ考察~ハーゴンと破壊の神

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【ハーゴンの正義】
 前々回『大神官ハーゴンの世界』ではゲーム中で表現されているハーゴンの価値観について、前回『ハーゴンと月の王国』ではハーゴンの価値観を生み育てたムーンブルク社会との関係について考察した。
 彼は優秀な頭脳と才能に恵まれ、勤勉な努力家でもあった。誤解を恐れずに言えば極めて正義感の強い人物だった。ただしそのハーゴンの正義は彼の強い自己愛から生まれた独善的なものだったが。
 それに極めて厳格で非寛容なハーゴンの一神教的世界観は、多神教的なドラクエⅡ世界に生きる人々の多くには到底受け入れられるものではなかった。

 ハーゴンはこのような堕落した世界は滅ぼすべきと考えていた。そしてその後に自らの理想とする新たな世界を築こうと決意した。その第一歩として悪魔の軍団を率いてムーンブルクに侵攻した。

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【ハーゴンとシドーの関係】
 冒頭のムーンブルク兵とハーゴン自身の台詞から、ハーゴンは破壊神シドーを召還して世界を滅ぼすつもりだということは、共通認識として存在していた。
 シドーはハーゴンの計画の絶対の切り札のはずだが、『なぜハーゴンは王子たちに倒されるまでシドーを召還しなかったのか?』という疑問が出てくる。
 理由はいくつか考えられる。
①呼びたくても呼べない
 仮にも神を召還するのだから、そうそう簡単に呼び出せたら神の沽券に関わる。召還するには様々な制約や条件があってしかるべきだろう。ゲーム中では瀕死のハーゴン自身の命を生贄に捧げることでシドーを召還しているが、仮に召還の条件がハーゴン自身の命だと仮定すると、シドーを呼びたくても、呼べたとしても呼べないだろう。命が惜しいからではない。ハーゴンには生きて果たすべき目的があるのだ。

②呼んでも制御出来ない
 ゲーム中のシドーは破壊力こそあれど、体力満タンでもベホマを唱えるなど、ハッキリ言って頭が悪い。破壊の権化であるシドーが破壊すべきものと破壊しないものを仕分けするとも思えない。仮に制御出来ないとすれば、召還した自分たちまで滅ぼされてしまうし、本当に世界が全て滅ぼされるのは困るだろう。まともな精神なら召還なんかしない。ゲーム中のハーゴンのように自分の破滅の道連れにと自棄を起こすのでもなければ。
 他に異説として、ルビスの守りをシドーを御するためのアイテムとして王子たちに集めさせて奪うという説もある。(参考:紋章の謎)

 ハーゴンの目的は世界の破壊ではなく、自らの理想とする世界を作る事だと述べたが、ゲーム中でハーゴンはそんな事は言っていない。だが、自分が死ぬまでシドーを召還しなかったという事実はハーゴンの真の目的がムーンブルク兵の言う“世界の破滅”ではないことは明らかである。ハーゴンは自分が死ぬのも、シドーが本当に世界を滅ぼすのも望んではいない。生きて果たすべき目的があるからだ。

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【神の正義】
 ハーゴン&シドーを倒した後の町の神父たちの台詞『邪悪な神は滅びました』という台詞だが、様々な神を受け入れ共存する多神教的なドラクエⅡ世界において違和感がある。多数存在する神々の中の一神を“邪悪な神”と断ずるのは多神教的な価値観ではありえない一神教的な価値観だと言える。
 神の教会はおそらくドラクエⅢの時代に“上の世界”から伝わった外来の宗教と考えられる。先進的な“上の世界”の文化、技術、魔法、学問、思想、宗教は大魔王ゾーマの脅威に対抗するのに必要とされたため急速に受け入れられて広まったが、平和になるとアレフガルド人の気質に合わなかったためか一時追いやられてしまっていた。(参考:教会とアレフガルド、そしてロト
 しかしアレフガルドを追われた教会は新天地でその勢力を伸ばし、世界中に拠点を置いて巨大なネットワークを形成した。Ⅱの時代にはラダトームの実権を教会が握っているし、新興都市ベラヌールでは中心に大きな教会が存在する。徹底的に滅ぼされたので定かではないが、ムーンブルクでも数多の神々のうちの一神として受け入れていたはずの教会の神が勢力を伸ばして社会への影響力を増大させていたのではないだろうか

 ハーゴンはドラクエⅡ世界の数多の神々は滅ぼすべき偽神かシドーの下に従属させるべきと考えていたが、教会もまた数多の神々は従属させるか滅ぼすべき“邪悪な神”と考えていた。そうなるとハーゴンと教会はどちらかを完全に滅ぼすまで終わらない敵対関係に発展するのは避けられない。

 教会は邪教の大神官ハーゴンを滅ぼすため、王子たちを支援した。

【ハーゴンの最期】
 ハーゴンはその最期に『私を倒してももはや世界を救えまい!』と言っている。
 おかしな台詞だ。
 この“救う”という言葉を王子たちの立場から発している。今の世界を全否定するハーゴンの立場なら偽者の神々に支配された世界がシドーに滅ぼされることが“救い”であるはずなのに、この時はシドーによる滅びを止める事を“救い”と定義している。
 この矛盾はハーゴン自身も気づいていないだろう。

 最後の最後まで追い詰められた時にハーゴンは敵対していた筈の王子たちと同じサイドの価値観で話している。これこそが、ハーゴンが元々ムーンブルクの社会に生まれ育ったと述べる最大の根拠である。
 ハーゴンは自分が生まれ育った社会の中に自分の居場所を見出せなかった。自分を受け入れなかった世界への怒りや憎しみゆえに、その世界を否定しようとした。しかし生真面目なハーゴンは根っこの部分で世界を否定しきれない自分を許せなかったのだろう。そんな自分と生まれ育った世界との未練とつながりを断ち切るために悪魔に身も心も売り渡した。
 しかしそれでも自分を生んだしがらみを断ち切ることは出来なかったのだ。

 そして、自分を生み育てた世界とのつながりを力にした王子たちに敗れたのだ


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この記事へのコメント

togege
2014年06月14日 21:53
頭良くて優秀だけど生真面目過ぎて融通利かなくて、社会に居場所無くなって、世界を呪って最後は滅ぼされたハーゴンの物語の完結編です。こういう人、世の中に結構いますよね。
自分の血筋や周囲の人々とのつながりで生きてるローレ王子とは正反対だって、書きながら気づきました。
ハーゴンの物語は完結しましたが、まだネタは色々あるのでドラクエ2考察は終わりませんよ。
PRS
2014年06月15日 18:29
上質な映画を見るがごとく楽しませていただきました。
ハーゴン自身も気づいていない=絶対神である堀井雄二も見落とした、ことに他ならないと思います。
すなわち、今回のご考察はついに神の間隙を補ったところに到達なさったのではないでしょうか。

ここまで浮かんできたハーゴンの性格を鑑みますと、破壊されたムーンブルクと対照的に、他の土地がほぼ手つかずである理由は、
ムーンブルク落城とハーゴン軍の沈黙のご考察で挙げられている理由が混ざったものかなと思われます。
すなわち、ムーンブルクだけはどうあっても許さんという気構えで臨んだがムーンブルク側の必死の抵抗に大打撃を受け、ムーンブルクを落としたという自身の存在感を世界中に喧伝する余裕もなくなって撤退を余儀なくされた。
とはいえ、自身を崇拝する人間たちがいなければ自尊心は満たされないため、他の地域はなるべく無血開城させたいという気持ちがあり、
そのためにも全滅かつ毒を撒くという残虐な方法を採用し、逆らうをこうなりますよと脅す効果を狙ったのかもしれませんね。
ローレシアへの伝令も、ムーンペタの逃走兵も、敢えて見逃したと言えなくもない気がします。

また、子供の頃に読んだ小説ドラゴンクエストかゲームブックかでは、
シドーを召喚するためにあと一人の生贄さえいればよいというところまで行ったところで王子たちが現れ、そこで王子を生贄にしようとしたが敗れてしまい、自身を生贄にしたという描写だったと記憶しています。
すなわち、シドーを呼び出す直前に、たまたま王子たちが間に合い、それを阻んだ、という仮説も成り立つのかなと思います。

ハーゴンも、生きる時代や場所さえ違っていれば、あるいは稀代の英雄になれたのかと思いますと、愛しさのような感情すら湧いてきますね。

今後のネタも楽しみにさせていただきたいと思います。
togege
2014年06月15日 19:05
>PRSさん
コメントありがとうございます。
シドーはホントは使えないけど、いつでも使えるフリをする、核兵器と同じような抑止力というイメージです。まあ本当に使っちゃうあたり、ハーゴンには過ぎた武器ではありましたが。
本当に世界を滅ぼしちゃうと、自分を崇拝する人がいなくなっちゃうというジレンマは常にあったでしょうね。殺した人間を忠実なアンデットにするというイタい解決策も、何か違うぞと思える程度にはマトモだったと思います。
実は生贄がシドーを召喚する条件だったかは怪しいです。生贄の数が必要なら侵攻を止めなかったでしょうし、生贄に捧げる命の価値に上下をつけるのも不自然かなと。
単に自分の死に信仰上の或いは自身の美学に沿った意味付けをしたかっただけなんじゃないかと考えています。
PRS
2014年06月15日 21:19
ご返信ありがとうございます。
ご指摘の通り、シドー召喚に生贄が必須であるいう情報はありませんよね。
小説のように、召喚直前に王子たちが駆け付けたというのは物語的過ぎて現実的ではないですね。

破壊神、シドーという知識は世界に浸透しているようですから、自分がシドーを呼び出せる、ということは十分に他者を恫喝できる要因になりますよね。
最期の台詞・行動も、統治すべき者(ハーゴン)がいなくなった世界など存在する必要がないという価値観からのことなのでしょうね。

思えば、このハーゴンの在り方はあのオウム真理教(の幹部)が被ります。
彼らの世代とドラゴンクエスト2を現役で楽しんだ世代は重なりますし、実際の世界にハーゴンが現れても不思議ではないのだよ、というメッセージが発信されていたのか?とすら感じるのは少々考えすぎですね。
あらた
2014年06月17日 21:21
考察お疲れ様です。

一連の考察でハーゴンが元来はインテリだったという切り口は中々面白いなと思いました。

恐らくはムーンブルク国内においてかつてハーゴンらシドー派とカミの教会を中心とする一派との激しい派閥抗争があり、国王がカミの教会一派を支持した事によってハーゴンらが失脚して国を追われたんでしょうね。

あるいはハーゴン一派が研究していた魔物に魔法を吹き込んだり、アンデットを操る技術等が異端・ゲテモノ的扱いで忌み嫌われてしまったかもしれません。
togege
2014年06月20日 11:31
>あらたさん
コメントありがとうございます。
ハーゴンがムーンブルクを追われた経緯は分かりませんが、大体おっしゃる通りカミの教会の方がハーゴンよりも受け入れられたという事なんでしょう。特に生命を弄ぶかのような秘術に対する一般人の拒否感がカミの教会の勢力増大の大きな要因になったのかもしれません。

>PRSさん
特にオウム心理教を意識して書いたわけではありませんが、言われてみると高学歴エリートがカルト宗教にハマるパターンとは通じるものがありますね。
ハーゴンも、その部下の神官たちとオウム幹部のイメージが重なります。
バキドゥーン
2015年03月09日 15:26
相変わらずのすごい考察ですね。

特に、ハーゴンがムーンブルク人だったのではないかという考察はドラクエ2の世界観を深くする非常に魅力的なものと感じました。

さて、ハーゴンの目的ですが、僕は(ここまでの考察を読んできて)意外にも本当に世界を破滅させようとしていたのではないかと考えます。
おそらくシドーというのは破壊と再生、つまり世界の新生、造り直しなどを司る神なんじゃないかと思うのです(確かどっかで言及されていたと思います)。
ムーンブルクで自分の思うように生きられなかったハーゴンが「世界の破壊と新生」に心酔してしまうのは容易に想像ができます。
転機としては教団の大神官の位まで上り詰めたハーゴンがシドーをこの世界に呼び出す秘法を見つけた、とかそういうことではないかと思います。
そして、恨みのあるムーンブルクを滅ぼした後は、魔物の兵団を繰り出しながらも他の地域を積極的に侵略しようという姿勢が見えないのも、ロンダルキアの神殿に籠って破壊神を召喚すればすなわち、それが世界の破壊と再生の始まりであり、ハーゴンの願うところだからじゃないかと思います。
早く言えば厭世的な自殺願望持ちが教義の信仰を理由に世界を道連れにしようとしているのではないか、ということです。

なぜ、王子たちが来るまでシドーを召喚しなかったかについては、例えば、復活には生贄のほかに、まだ必要なアイテムがあったが、それを得る前に王子たちに倒されてしまったため、急きょ、自分を生贄にして不完全なままシドーを召喚した、というのはどうでしょう?だって、シドーって神の割には弱いですよね。

以上、勝手に考察を進めました。
ハーゴンがムーンブルク人だったら、シドーがかの地で数ある教団の一つだったら、と言うような魅力的な考察を読むと、あれやこれや自分なりの考察が浮かんできて止まりませんでした。
litcher
2015年03月13日 19:44
はじめまして。
ドラクエ2考察を楽しく読ませていただいてます。

最近考えるのが、ローレシア王子とサマルトリア王子、実はどちらかが女性(それをいったらムーンブルクも男でも…)でもシナリオが成り立つんじゃないかと考えてしまいます。
とくに、このブログでの考察を考えると女だったら余計に面白いかなとも。

余計な話を失礼しました。
togege
2015年03月13日 22:48
>バキドゥーンさん
コメントありがとうございます。
シドーは呼べても制御出来ないのではと考えました。世界を滅ぼす前に自分が滅ぼされるのはイヤでしょうし。とは言え、自分の死ぬ間際ならそんなの関係ねえ!みんな滅んでしまえ!とブチ切れたというイメージです。
シドー弱さについては考察一本書けそうなネタですね。

>litcherさん
コメントありがとうございます。
確かに王子たちの性別が逆でもシナリオは成立しそうですね。この世界の社会的な性差なんかは良い考察ネタだと思います。
litcher
2015年03月17日 15:25
ありがとうございます。
シドーといえば、有名なバグ技でデルコンダルにシドー召喚、というのがありますが。
あのあとに気持ちの悪いダンジョンが出てくるとか…

バグ技も考察したら面白いのではないでしょうか。
もょもと
2016年06月24日 21:03
ここまでの全ての考察を拝読致しました
無意識に「RPGのご都合」で済ませていた部分を埋めるような考察は非常に面白かったです

そこで私が考察を読み気になった部分を一つ
非常に日本的な考え方ですが土着信仰である「シドー教」は元来荒御霊とでも言うべき破壊神シドーを「鎮める」ために信仰されており「崇める」ためではない、とするのはどうでしょうか

ムーンブルクやテパにおいて畏怖と畏敬の念によってロンダルキアに封印されているシドーが奉られていたとすれば人間によるシドー信仰にも説得力が出てくると思います

精霊ルビスは間違いなくアレフガルドを作ったはずですし、その声も極少数ではあるかもしれませんが人々に届いています
この時点で教会がいかに一神教を推し進めたとしても精霊ルビスを否定できません

それならば教会は一神教ではなく「カミ」を主神とする多神教であり、カミに連なる善神(ルビス含む)とシドーのような悪神が存在する宗教だとした方が教会が各地で受け入れられている理由として強い気がします

これは現実の宗教と大きく違う点として神が確実に存在し人々に声や恩恵を与えている、又はシドーのようになんらかの儀式によって肉体を持った姿で降臨してしまうことがあるということが一神教を説くことに不都合が生じるためでもあります
或いは仏教が古代インド神話の神々を取り込んだように教会が土着信仰の神々を取り込んだとしてもいいかもしれません

続きます
もょもと
2016年06月24日 21:05
続きです

人類の歴史において宗教は文明や社会を構築する上で非常に重要な要因の一つですが、神の声が届くドラクエ世界においても現実世界と同じように宗教間対立が起こるとは限りません

DQ2の「悪霊の神々」というサブタイトルからして神は多数いると公式で明言しているようなものですし(この神々はベリアル・バズズ・アトラスのことのようですが)、現実世界に住む私たちよりも神の存在を感じられるドラクエ世界の人々は元々複数の神を信仰しているとした方が自然です

もしこのコメントをお読みいただけたなら今一度ドラクエ世界における宗教の再考察をしていただけると幸いです

長々と失礼致しました
2019年09月09日 00:07
『ファミコン通信』1987年25号の堀井雄二氏インタビューに
不幸の星の下に生まれ、やることなすことすべて裏切られ、そのためにいつしか世の中をうらむようになった少年のアンチロマンRPG『大神官ハーゴンの悲しみ』
なんて話があるそうです
直接ソースを確認したわけではなく某大辞典からですが

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