ドラクエⅡ考察~ルプガナの“忘れられた伝説”

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 ルプガナ編ということだけど、良いネタが見つからなかったので今回は『ドラゴンの角』にスポットを当ててみたいと思う。

 Q.ドラゴンの角は誰が何の目的で作ったのか?
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 ゲーム中のメッセージからはその答えを示すものは一切無いので、かなりの部分を想像で補うことになる。
 
①軍事目的として
 塔の設置目的としてまず考えられるのは軍事目的の見張り塔として。例えばアレフガルド南の大灯台にいる兵士はハーゴンの神殿を監視していると言っていた。灯台としての役割+ロンダルキア監視という設置目的のはっきりした塔だと言える。“誰が?”となると位置的にはラダトームかと思われるが、ムーンブルクやテパかもしれないし共同かもしれない。決定的な答えは無い。
 話をドラゴンの角に戻すと、この塔の設置目的が軍事目的の見張り塔だとすると北の塔は海峡の南を見張り、南の塔は海峡の北を見張るのが目的なのだろう。そうなるとドラゴンの角は双子の塔どころか海峡を境に睨み合う仇敵同士の塔になる。きっと本来の目的で使われていたのは遠い遠い昔なのだろう。地元の人間の記憶にすら残っていない昔の話。いつの頃からか海峡を挟んで立っている二本の塔を見た人々が『ドラゴンの角』『双子の塔』と呼ぶようになったのだろう。
画像 さらに考えられる事はドラゴンの角南側の地方にルプガナ地方と敵対していた勢力が存在していたことある。地図上の位置だと砂漠のオアシス辺りだろうか。ムーンブルク西の祠からドラゴンの角の間のエリアに現在の人々から忘れられた古代帝国が存在していたと考え始めると想像は際限なく広がる。

②タワーブリッジ説
 『やっぱりアレは双子の塔なんだ!』という立場で反論するなら。ドラゴンの角はタワーブリッジ説で語ってみる。ドラクエⅡの時代には橋の部分は無く、塔の部分だけが残っているわけだ。
 この場合、前の仇敵説と同様に砂漠の古代帝国の存在を肯定することになるが、仇敵説と違うのは古代帝国の版図がルプガナ地方にまで広がっているということだ。
 なぜタワーブリッジかと言えば普通に橋を架けると海峡を船が通れなくなるからだろう。ロンドンのタワーブリッジのように開閉式かどうかまではわからないし、そもそも橋として完成はしなかった可能性もあるだろう。 
 タワーブリッジ説を推す根拠はもう一つあって、ゲーム中で王子たちが風のマントを纏って塔からの滑空で海峡を渡った事実である。そもそもあの塔を海峡を渡る手段にするという発想が普通に考えればありえない。滑空で海峡を渡るのはとんでもない冒険だとしてドラゴンの角が北と南をつなぐものだという認識させる伝承はあったのではないか。

③ミックス説
 『元々軍事用の見張り塔だったのが戦争の決着後、南北をつなぐ橋として改造し、活用した。』
 元々橋として作られた物ではないから、あんまり丈夫ではなくて橋部分は壊れて無くなったとか、橋としての信頼性が低くて修理を繰り返しながら使ってきたけど結局廃れて使われなくなり壊れてそのままになって今に至るとか…

風の塔、風のマント、ドラゴンの角にまつわる伝承
 海峡の南北で戦争していた時代の話、とある勇者たちがマントを身にまとい、見張り塔から対岸に滑空して攻め込んだ。結局それが南北戦争の勝因になった。後に故郷に凱旋した英雄たちのマントを奉納したモニュメントが“風の塔”なのでは。

 そんな伝承が風の塔に壁画のような形として残されていた。だから王子たちはその伝説にならってドラゴンの角から飛び立ったのではないか。

 そうなると砂漠の古代帝国は砂漠のオアシスどころではなく、最低でも北はルプガナから南はムーンブルク、西端の風の塔の辺りまでを版図とした大帝国だったということになる。

 そんな遺跡巡り的な忘れられた大帝国についての考察はまたあとでやるかもしれない。

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