FE考察~ハーディンの理想

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【ハーディンの理想と挫折】
 ハーディンの理想とは?結論から言おう。ハーディンが目指した理想像の中で確かなのは、奴隷解放身分や家柄に囚われない実力本位の人材登用である。
 『そうだよロシェ』で有名なビラクの証言によると『我ら草原の民を奴隷の身分から解放してくれたのはハーディン様なのだ。』ということらしい。奴隷身分だった草原の騎馬民族を子飼いの騎兵部隊に取り立てて狼騎士団としたのはまさに“奴隷解放”であり“身分に囚われない人材登用”である。草原の狼ハーディンはオレルアンにおいて自らの理想を実現し成功させたのだ。そしてその成果により亡命してきたニーナを救い、亡国アカネイアをも救ったのだ。
 暗黒戦争終結後、ニーナに迎えられアカネイア皇帝となったハーディンが祖国での成功させた政策をアカネイアでもと考えるのはごく自然な流れだろう。
 しかしこれがあまり評判が良くない。
 『今のアカネイア軍は金でやとわれたゴロツキの集まりだ。騎士の誇りなどカケラもないもう一度昔のアカネイア王国をとり戻すために、オレはあえて祖国に弓をひく。』これはアカネイア貴族ジョルジュの証言だが、厳格な身分ピラミッドの上の方で生きてきたジョルジュにはハーディンのやり方はこう見える。(参考:アカネイアの秩序)アカネイア上流階級のハーディンの改革への抵抗は激しかったに違いない。元々優しかったはずのハーディンが血の粛清を以て対応するほどに。そしてハーディン政権は短命政権に終わった。

【オレルアンとは?】
 元々北の草原の騎馬民族には度々国境を脅かされていていたのだろう。そこの防衛ラインの維持は代々のアカネイア王の重要な政治課題の一つだったに違いない。特にドルーアとの戦争でアカネイアが滅びた時期にはその防衛ラインを大きく後退させられ、この地域はひどく荒廃したはずだ。
 ドルーア戦争に勝利しアカネイアを安定させたカルタス王はこの地方の平定を決めた。戦争終結で持て余した軍人たちの失業対策もあるだろう。(参考:アカネイア視点のドルーア戦争・後編)このオレルアン平定戦争は新たな領土を欲する者の野心や、騎馬民族への恨みといった高いモチベーションもあり短期間で大きな成果を上げた。
 カルタス王は弟のマーロンをこの地の王に据え、オレルアン王国の建国を宣言した。

 マーロンら入植したアカネイア人によるオレルアンの統治はどのようなものだったか?典型的なアカネイア貴族の統治スタイル、先住民を奴隷化するラングのやり方をイメージすればよいだろう。元からこの地はアカネイア人と騎馬民族とのあいだで争いが絶えず、特に平定戦争前後では深い恨みの連鎖が出来たに違いない。
 豊かなオレルアン地方を押さえていたとはいえ、周辺の騎馬民族とは憎しみ合い、争いは絶えず不安定な政情。それがハーディン登場以前のオレルアンだった。

【草原の狼の実像】
 草原の狼・オレルアン王弟ハーディンの実像とは?狼騎士団の長としてウルフら騎馬民族の若者たちの心を掴み、彼自身も優秀な騎兵である事実から考察しよう。
 オレルアン王家と同時にアカネイア貴族でもありながら、積極的に騎馬民族の生活や社会に入り込んだ相当な変わり者だったのではないかと考えられる。兄王とは年齢も離れていて気楽な立場もあっただろう。そこで馬術を身に付け、騎馬民族の心を掴み、遂には彼らのリーダーとして認められた。天性の才能と並はずれた努力があったに違いない。
 そもそも騎馬民族にとってハーディンは憎き仇敵の代表格だった。見せしめに惨殺されてもおかしくない所に入り込む度胸が半端無い。それだけでなく、異文化を受け入れる好奇心と柔軟性があった。そして何より敵であっても心を開ける大きな器、明朗な人柄があったと思われる。
 また義理堅い男でもあった。『オレが兄王に掛けあって来る!』とでも言って騎馬民族の言い分をオレルアン王宮に持ち帰り、兄王らと交渉し、騎馬民族とオレルアン王宮との間の橋渡しをした。奴隷解放は一足飛びに成し遂げたのではなく、粘り強い対話の積み重ねによってなされたのだ。オレルアン兄王と狼騎士団の良好な関係はきっとこうして育まれたのだろう。
 “天才”ハーディンの活躍の裏にはそれを支えた兄王の存在が大きかった。聡明な兄王はオレルアンと騎馬民族の泥沼の関係に対しこれではいけないと考えた。騎馬民族との融和、奴隷解放は兄王の方針でもあったのだ。だが貴族階級の抵抗は強硬だった。もしかしたら反対派の中には兄王とハーディンの間の兄弟もいたかもしれない。そしてついに反対派は武力によるクーデターを起こした。ハーディン率いる騎兵隊の働きにより兄王&ハーディンの奴隷解放路線の勝利が確定したが、武力によるクーデターが起こる時点で兄王の立場は相当危うかったに違いない。この難局を乗り切り、理想を共有したこの兄弟の絆は強い

 ハーディンは病弱な兄王の名代としてパレスの中央政界に顔を出す機会も多かった。そこでもハーディンは高い実力を示したと思われる。おそらくハーディンは草原の田舎者らしからぬ洗練された立ち振る舞いも身に付けていたのではないか。後の皇帝としての活動はこの時に築いた人脈や実績が活きていたと思われる。
 だがそれでもアカネイア中央政界でのハーディン兄弟に対する一般的な評価はかなり低かっただろう。彼らの政策は野蛮な騎馬民族へのすり寄りと見られていたのだ。敬愛する兄と友である騎馬民族への侮辱にハーディンは耐えた。
 ハーディンは軍人としても優秀で、騎馬民族の馬術にアカネイア式の規律と槍術を取り込み精強な騎士団に育成した。また内政力も高く、オレルアン国内の生産性を高めてアカネイアへの税もしっかり納めた。アカネイアへの筋は通しながらも、オレルアンをどこに出しても通用する強い国に育てていた。

 草原の狼という異名は草原では勇敢で誇り高い獣の称号だったが、アカネイアでは野蛮な獣としての蔑称だったと考えるなら、狼騎士団という名称にはハーディンの矜持と反骨心が感じられないだろうか。

【暗黒皇帝の功績】
 ハーディンはアカネイア皇帝としても『奴隷解放』と『身分に囚われない人材登用』の改革を進めた。たった二年足らずでだ。あまりに強引で性急過ぎた。それゆえにハーディンは改革とそれに伴う社会的混乱により損害を被った者たちの怒りと憎しみを一身に受けることになった。
 しかしハーディンを倒し次の天下人となったマルスは『身分に囚われない人材登用』はどうか分からないが、『奴隷解放』は引き継いだ可能性が高い。なぜなら『ファイアーエムブレム』でマルスとシーダの奴隷解放のエピソードが好意的に描かれていて、奴隷制度を肯定してはいないからだ。
 アカネイアでの奴隷解放の成果はマルス王朝の時代に実を結んだのだ。

 マルスが奴隷解放をするのに抵抗は無かったのか?
 抵抗勢力の多くは既に暗黒皇帝ハーディンに粛清されていた。マルスはハーディンを倒す事で抵抗勢力の恨みを晴らし、彼らの喝さいを浴びた。そして改革路線を受け継いだことで、改革の恩恵を受けた層の支持も得られた

 ハーディン政権は短過ぎた。ハーディンの改革の成果が出るのは時間がかかる。ハーディンは短期間で改革を実行し、混乱と抵抗を受けたが、マルスはハーディンの改革路線を受け継ぎ、その成果を味わった。そういうことである。

 ハーディンは歴史の敗者ゆえに不当に低い評価を受け、その功績は隠された。しかし後のマルスの成功は先駆者ハーディンの存在あってこそなのだ。

 次回はハーディンの運命を変えた人物・ニーナとの関係について考察する。

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